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ザ・クラッシュ『ロンドン・コーリング』~クラッシュは存在自体がパンクだった

セックス・ピストルズが、ロンドン・パンク東の横綱だとすると、西の横綱は何といっても、ザ・クラッシュでしょう。

クラッシュのアルバムを一枚取り上げるということで、デビュー・アルバム『White Riot』とサード・アルバム『London Calling』のどちらにしようと、とても迷ったのですが、結局サードアルバムにしました。

というわけで、今回は、ザ・クラッシュの『London Calling』です。

ロンドン・コーリング

ロンドン・コーリング



ロック史に輝く名盤『ロンドン・コーリング』



クラッシュは、初期パンク・バンドの LONDON SSのメンバーだったミック・ジョーンズ、ポール・シムノンに101'ersのジョー・ストラマーを加え、後にドラマーのトッパー・ヒードンをメンバーに迎えて、結成されました。

1977年のデビュー・アルバム『White Riot (邦題・白い暴動)』、1978年のセカンド・アルバム『Give 'Em Enough Rope(邦題・動乱(獣を野に放て)』に引き続き、怒涛のペースで、1979年にリリースされたのが、サード・アルバムの『London Calling(邦題・ロンドン・コーリング)』。

初期はこれぞパンク・ロックというような直球ストレートなスタイルだったクラッシュが、三枚目の本作では、パンクにこだわらず、レゲエ、スカ、ロカビリー、R&Bなど、幅広い音楽的要素を取り入れ、クラッシュ独自の音楽スタイルを確立していきました。

また、有名なのは、このアルバムのジャケット。

1979年のUSツアー中、ニューヨークのパラディウムでおこなわれたライヴで、ポール・シムノンがベースギターを叩き壊すシーンをフォトグラファーのペニー・スミスが撮影した写真が使用されています。

ライヴ中に激しい激情が迸る一瞬をとらえたイメージ。

ロック史に残る名作アートワークのひとつです。

その後、クラッシュは、3枚組の4作目『Sandinista!(邦題・サンディニスタ! )』、5作目『Combat Rock (邦題・コンバット・ロック )』をリリースするも、トッパー・ヒードンが麻薬依存により脱退、ミック・ジョーンズがまさかのクビ宣告されるなど、内部のごたごたが続き、1985年のアルバム『Cut the Crap(邦題・カット・ザ・クラップ )』を最後に解散しました。

元メンバーはそれぞれにソロ活動を行いますが、2002年にジョー・ストラマーが急逝。

クラッシュは今でも多大な影響を与えたバンドとして、リスペクトされています。

 

白い暴動

白い暴動

 
動乱(獣を野に放て)

動乱(獣を野に放て)

 

 

パンクとはアティテュードだ


アルバム『London Calling』の世界観は、「Punk is Attitude=パンクとはアティテュードだ」という、ジョー・ストラマーの言葉に集約されるのではないでしょうか。

1枚目と同じような純粋パンク路線のアルバムを作り続けていくこともできたはず。

しかし、クラッシュは、あえてそれをせず、果敢に自分たちが影響を受けた音楽を取り入れながら、バンドとして進化していくことを選んだのです。

パンクにこだわらず、ダイヴァースなものを積極的に取り入れ、新しいものに挑戦していくという姿勢。

その結果、一部のパンクスから批判を受けることになってしまいましたが、それでもクラッシュは前進していきました。

他人の意見は気にせず、自分が信じる道を歩んでいくこと、前進すること。

それこそが、パンク的生き方なのだと。

その結果、この名作『London Calling』が生まれました。

ジョーストラマーとミック・ジョーンズという、ふたりのミュージシャンの才能がほとばしってます。

そしてもちろん、ポール・シムノンによる名曲「The Guns of Brixton」も忘れてはなりません!

ローリング・ストーン誌の “1980年代のベスト・アルバム” に選ばれるなど、評論家筋にも高い評価を受け、音楽ファンからの絶大なる支持を得るなど、文字通りロック史に残る名盤になっています。

また、当時『London Calling』は2枚組アルバムとして発売されましたが、バンドの意向により、一枚組LPと同じ値段で販売されました。

自分たちのファンに可能なかぎり、ライヴやレコードなどを安い値段で音楽を提供したいという、いかにもクラッシュらしいエピソードです。

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クラッシュ公式サイト

クラッシュが伝えるパンク精神



クラッシュは、とにもかくにも存在自体がパンク。

デビュー曲の「White Riot 」は、1976年にロンドン西部で開催されたノッティングヒル・カーニバルで、西インド諸島系の黒人移民と警察が衝突して起こった暴動について、事件を目撃したジョー・ストラマーが歌ったもの。

また、78年にロンドンのヴィクトリア・パークでおよそ10万人を集めて行われた反人種差別コンサート『Rock Against Racism』にも出演しています。

クラッシュの姿勢はデビューから解散まで一貫しており、反暴力、反人種差別、反ファシズム、反商業主義、反体制など、政治的・社会的メッセージを伝えるものでした。

これは、ジョー・ストラマーの兄のデヴィッドが、当時英国で台頭していた、白人至上主義の極右団体『National Front(ナショナル・フロント)』に入党し、その後若くして自殺したという事実が、その後の彼の思想に大きな影響を与えたともいわれています。

パンクというと労働者階級のものというイメージもありますが、ジョー・ストラマーは、父親が外交官で、ボーディングスクール(寄宿学校)に通っていたというアッパーミドルクラス出身。

クラッシュは、セックス・ピストルズ同様、バンドのイメージ作りやメディアでの発言、ファンとの関係性など、いろいろ戦略的だったと思うのですが、ピストルズが扇動的だったのに対し、クラッシュには、そこかしこにジョー・ストラマーの知性が感じられます。

数年前、「音楽に政治を持ち込むな」という論争が日本で繰り広げられましたが、もともとロックとはプロテストソングであったわけで。

システムに取り込まれることなく、独立して自分らしく生きること。

1970年代後半にロック本来の姿を取り戻したのがパンク、そしてクラッシュでした。

「音楽は社会や世相を映す鏡」とよく言われる通り、クラッシュの音楽はまさにそれを体現しているといえるでしょう。

 

サンディニスタ!

サンディニスタ!

 
コンバット・ロック

コンバット・ロック

 

 

私とクラッシュ



私のなかで、クラッシュは、男気、硬派、熱血、頼れる兄貴といったイメージのバンド。

しかしながら、これだけ力説しておいて、実は私はクラッシュのライヴを観たことがありません。

ポール・シムノンとミック・ジョーンズのソロは観たことがありますが、ジョー・ストラマーは、結局ソロも観ないままに終わってしまいました。

でも、私のなかで、やはりクラッシュは、とても大切なバンド。

多感な14歳の頃、「Do nothing or do it yourself. 何もやらないか、自分でやるか」「Give up means nothing, 諦めは何も意味しない」など、雑誌のインタビューなどで読むジョーの言葉に強いショックを受け、「私もこの人みたいに生きたい!自分がやりたいことをやって生きる!」と決意したのを思い出します。

アルバム『London Calling』の一曲目「London Calling」は、長い間、私のテーマソングで、この曲を聴くと、背筋がしゃんと伸びるというか、ジョーに「おまえは自分に正直に一生懸命生きてるか?」って問いかけられているような気になって、「よし、がんばるぞ!」と勇気づけられるのです。

それが、クラッシュから学んだ、自分なりのパンク魂、なのかもしれません。

たかが音楽。

だけど若い頃の私の人生観や生き方に多大な影響を与えて、あれから35年以上経過した今でも、まだそれを忘れずに生きているんですから(笑)、音楽って本当にすごいとつくづく思うのです。


今日もありがとうございました!

 
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