Sound + Vision ★UKエンタメ 

英国発の海外ドラマ、映画、音楽を通して、英国社会・文化について語ります。

セックス・ピストルズ『Never Mind the Bollocks』 ~パンクを知りたければこれを聴け!

UKロック好きなら、おそらく誰もが聴いたことがあるだろう、セックス・ピストルズのアルバム『勝手にしやがれ!!(原題・Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols)』。

あまりにも有名な作品ですが、それでもあえて選ぶのは、やはりUKロック史に残るアルバムであり、英国を語るにあたって外せないから。

ということで、今回はセックス・ピストルズの『Never Mind the Bollocks』です。

勝手にしやがれ!!

勝手にしやがれ!!

 

 

ロンドン・パンクの雄、セックス・ピストルズ

 

当時の英国社会の情況


1977年にリリースされたピストルズのデビュー・アルバムにして唯一のスタジオ・アルバム。

ピストルズといえば、70年代後半に盛り上がったロンドン・パンクを代表するバンドですが、彼らが、これほどまでに絶大なる支持を得たのは、当時の英国の社会状況が大きく関係しています。

1970年代後半の英国は経済が停滞し、失業率が増加、若者たちの不満は高まっていました。

そんなとき、ニューヨークのアンダーグランドでは、ニューヨーク・ドールズやラモーンズといった、NYパンクが盛り上がっており、その流れにいち早く目をつけて、ロンドンでもパンク・シーンを展開しようとしたのが、ロンドンのキングスロードで、デザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッドとブティック『Let It Rock(後にSex と改名)』を共同経営していたマルコム・マクラーレン。


マルコムは、店に出入りしていた若者たちを集め、バンドを結成、セックス・ピストルズが誕生しました。

英王室や政府を批判する反体制的な歌詞、SM、ボンデージをイメージしたファッションやぼろぼろに破れたジーンズやTシャツ、メディアに登場した際の過激な発言など、徹底的なイメージ戦略を行い、セックス・ピストルズは大注目を集めることになります。

EMIからのデビュー・シングル「アナーキー・イン・ザ・U.K」、移籍後ヴァージン・レコードからリリースされた「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」など、次々に話題を集め、1977年10月にリリースされたアルバムは、見事全英1位になりました。

その後は、ヴォーカルのジョニー・ロットンが脱退、グレン・マトロックの代わりに加入したシド・ヴィシャスがオーヴァードーズで死亡すると、あっさりと解散してしまうのですが、バンド自体がパンクを体現する生きざまでした。

NYパンクの興隆をいち早く嗅ぎ付け、若者たちの代弁者、時代の救世主たる存在になるべく、自分が好きなことをやって何が悪い!という、反骨精神に溢れたファッションとイメージ、メッセージで仕立て上げたのは、敏腕マネージャー、マルコム・マクラーレンが賢こかったと言わざるを得ません。

自分の店で売っていたボンデージ・ファッションを着せたら、それが大当たりしてしまった感満載で、言ってしまえば、サイモン・カウェルのプロデュースによるボーイズバンドとあまり変わらない構造であるようにも思えますが、ではピストルズは何が違ったのでしょうか。


若者たちの人生に影響を与える存在


70年代後半の英音楽界はプログレッシヴ・ロックやハードロックなど、大手レコード会社による商業音楽が主流。

ギターの早弾きテクニックを競ったり、高価な機材を使ってスタジオ録音をする、これらのグループは、若者たちの不満や悩みを代弁してくれる存在とは程遠かったのです。

そこに登場したピストルズの音楽は、シンプルなロックンロール。

それも初期のロックンロールが持っていたアグレッシヴさと衝撃を持ち合わせていました。

そして忘れてならないのは、そのキャッチーでポップな曲の数々。

もし、ピストルズの音楽性がゼロだったら、ここまで愛されてはいなかったことでしょう。

3コードさえ弾ければ、誰しもがバンドを結成して、ロックをプレイすることができるということを、ピストルズは教えてくれたのです。

パンクの登場によって、若者たちは自分たちに近い存在であるバンド、自分たちの感情を代弁してくれるための音楽を取り戻したのでした。

例えば、ニュー・オーダーのバーナード・サムナーとピーター・フックは、1976年6月にピストルズがマンチェスターで行ったライヴで衝撃を受け、ジョイ・ディヴィジョンを結成したといわれています。

つまり、マルコム・マクラーレンやらスキャンダルやらがなくても、ピストルズは後世のバンドに影響を与えるほどの、純粋なバンドとして成立していたと。

セックス・ピストルズは、音楽界やファッション界に影響をもたらしただけでなく、当時の若者たちの人生、そして後世の若者たちの人生をも変えてしまったというところにすごさがあるのだと思います。


いつの時代にも、若者たちは自らのアイデンティティや生き方に悩み苦しみ、既存のシステムに唾を吐きかけながら、生き方を模索していくもの。

そんな彼らに、セックス・ピストルズのアルバムは、永遠に支持されていくことでしょう。

 

 


Sex Pistols - God Save The Queen (HD OFFICAL MUSIC VIDEO)

 

私とセックス・ピストルズ

ツバキハウスでのピストルズ体験

14歳で洋楽に目覚めた私は、セックス・ピストルズの曲「アナーキー・イン・ザ・UK」や「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」は知っていても、正直よく知らないバンドでした。

高校生のときに、新宿のクラブ『ツバキハウス』で毎週火曜に行われていた『ロンドンナイト』に初めて行きました。

そこでは、ピストルズの曲がかかると、フロアが大混雑になり、みんながポゴダンスをして、めちゃめちゃ盛り上がってました。

それを見て、「これがパンク、これがピストルズなのか!」と感動したのを覚えています。

その後、ピストルズの『Never Mind the Bollocks』を買ったのは言うまでもありません。


ピストルズ再結成ライヴで死にそうになった


そんなわけで、セックス・ピストルズが再結成し、1996年6月にロンドンのフィンズベリー・パークでの初の再結成ライヴも、もちろん行きましたよ。

伝説のバンドの歴史的瞬間をこの目で見て、しっかりライヴを観たい!と思って、かなりステージ前方に陣取っていたのですが、メンバーがステージに現れ、1曲目の「Bodies」を演奏するやいなや、まるで大地震が起こったかのように周りがどどーっと動いて、大モッシュ状態に。

人波が動くままに流され、後ろからはビールががんがん飛んでくる。

地面に倒されると、周りのおじさんたちが助けて起こしてくれるのですが、でかいイギリス人につぶされたら圧死は確実。

身の危険を感じて、なんとかモッシュから脱出。

結局、ライヴは端の方で大人しく見ました。

後にも先にも、ライヴで「私死ぬかも…」と思ったのは、このピストルズのライヴのときだけ。

いやー、まさに「これがパンク、これがピストルズ!」ですよ。

ピストルズの再結成ライヴには、パンクスな格好をしたおじさんたちがたくさんいたのですが、一度パンクスになったら死ぬまでパンクスなんですね。

もちろん、昔のパンクTシャツをタンスの奥から出して着てきたようなおじさんたちもいるけど、心のなかはいつでもパンクス魂。

同様に、ゴスは死ぬまでゴスだし、モッズは死ぬまでモッズ、ルードボーイとスキンヘッズは死ぬまでルードボーイとスキンヘッズ。

Music=Way of Life

音楽はライフスタイルであり、生き方でもあるのです。


今日もありがとうございます!


f:id:be-happy-uk:20190522181054j:plain
セックス・ピストルズ公式サイト

 

 

  ↓↓ ピストルズ関連映画はたくさんありますが、私はジュリアン・テンプル監督のこのドキュメンタリー映画がすごく好き。

NO FUTURE A SEX PISTOLS FILM [DVD]

NO FUTURE A SEX PISTOLS FILM [DVD]

 


↓↓ブログランキングに参加しています。よかったらポチっとお願いします! 

にほんブログ村 音楽ブログ 洋楽へ
にほんブログ



↓↓ UKロックについて書いています。

 



このブログは「はてなブログ」で運営しています。
はてなブログの方は、読者登録お願いします!